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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)150号 判決

原告

日本テトラパック株式会社

被告

日本製紙株式会社

主文

特許庁が、平成1年審判第16272号事件について、平成4年5月20日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、考案の名称を「液体紙容器のストロー挿入穴形成構造」とする登録第1694074号実用新案の実用新案権者である。

上記実用新案(以下「本件考案」という。)は、昭和52年10月21日に出願(実願昭52―141527号)され、昭和60年10月15日に出願公告(実公昭60―34572号)され、昭和62年8月26日に設定の登録がされたものである。

原告は、平成元年10月2日、本件考案につき無効審判の請求をした(平成1年審判第16272号)。これに対し、被告は、平成2年10月16日本件実用新案につき訂正審判の請求をし(平成2年審判第18499号)、同訂正を許可する旨の審決がされ、確定した。

その後、特許庁は、訂正された考案の要旨に基づいて審理し、平成4年5月20日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年7月2日、原告に送達された。

2  本件考案の要旨

紙基材の表裏両面にポリエチケン樹脂層を積層して成る容器素材1の内面から該素材厚の半分の切込み2を施し、素材1の外面から前記切込み2を囲う、やはり素材厚の半分で、先端部が容器の山折の組立折目4に位置する切込み3を設けた液体紙容器のストロー挿入穴形成構造。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、審判請求人が証拠方法として提出した米国特許第3,770,185号明細書(1973年11月6日特許。審判事件甲第1号証、以下「引用例1」といい、その考案を「引用例考案1」という。)、米国特許第3,958,744号明細書(1976年5月25日特許。審判事件甲第2号証、以下「引用例2」といい、その考案を「引用例考案2」という。)、米国特許第3,300,115号明細書(1967年1月24日特許。審判事件甲第3号証、以下「引用例3」といい、その考案を「引用例考案3」という。)に記載された各考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものとすることはできないから、本件実用新案登録を無効とすることはできないとした。

第3原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本件考案の要旨、各引用例の記載内容、本件考案と引用例考案1との一致点及び相違点の認定は認める。

審決は、本件考案と引用例考案1との相違点について判断するに当たり、引用例考案2に開示されている技術内容について誤認した結果、各引用例に記載された考案からの本件考案の容易推考性の判断を誤り、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  本件考案と引用例考案2の技術分野の異同の誤認

審決は、引用例考案2は、「紙容器のクーポン類形成構造に関するもの」で、本件考案の「液体紙容器のストロー挿入穴形成構造とは技術分野を異にしている」と認定している(審決書7頁7~9行)が、誤りである。

本件考案が属するのは、実用新案法3条2項及び実用新案法施行規則様式第3の規定に照らし、本件訂正明細書の記載よりみて、液体飲料を収容する容器を含む液体紙容器に関する技術分野であることは明らかであり、審決のように、これを液体紙容器のストロー挿入穴形成構造の技術分野に限定することは、誤りである。

一方、引用例2には、食品のような腐敗し易い物を収容する紙容器(甲第5号証1欄37~40行及び50~53行、抄訳(1)、(2))の一面にクーポン類を剥離可能に取り付けたものが記載されており、クーポン類を剥離する前においては、クーポン類は容器と一体的に構成されている。

そして、飲料と食品とは「飲食品」として一括して総称されることが一般であり、その収容容器においても、両者は共通の要素及び共通の技術的課題を有する。

このように、引用例2には食品紙容器に関する技術が記載されているから、本件考案と引用例考案2とは、同一の技術分野に属するか、少なくとも、技術思想が互いに近接し、共通の要素を持つ親近性のある技術分野に属するものである。

したがって、審決の判断は誤りである。

2  引用例考案2の技術内容の誤認

(1)  審決は、引用例考案2について、「このものにおける切込みの先端部(切込み14)の位置は折れ目線26から離れて形成されているため、摘み28部分は、完全に剥離され」(審決書7頁10~12行)と判断しているが、引用例2にはそのような事項は記載されていない。

引用例2(甲第5号証)には、摘みの形成について、「折れ線に沿ってシート状材料を折り曲げることにより、・・・層状の細長い切れに切り裂かれてシート状材料より突出してつまみ28・・・を形成する」、「ライン26に沿って箱ブランクが折り曲げられるとつまみ28が突出する」(同号証抄訳(3)参照)、「フラップを折り曲げ線70のまわりに折り曲げると、・・・タブとしてシートから突き出て・・・」(同抄訳(4)参照)と記載されている。

これらの記載から明らかなように、引用例考案2において、紙容器と一体的に構成されたクーポン類を指先でめくることができるための引掛り(摘み28)は、組立折目(折れ目線26)に沿ってシート状材料を折り曲げると、シート状材料の中立面より外側は引っ張られて伸び、その結果、外側面に位置する層状体を剥離しようとする力(曲げ応力)が働くことによって形成されている。引用例考案2の切込み14は折れ目線26の近傍に位置しているが、これは、折り曲げの際の曲げ応力の作用する範囲内である。

すなわち、引用例2には、折れ目線26に沿って折り曲げることによって生ずる曲げ応力の作用によって、摘み28が形成されるという技術思想が記載されているだけであり、審決の認定するような、切込みの先端部(切込み14)の位置が折れ目線26から離れて形成されているため、摘み28部分は完全に剥離されるという技術思想は記載されていない。

(2)  一方、本件考案においては、「先端部が容器の山折の組立折目4に位置する切込み3」との構成(審決にいう「特徴点」)を設けているが、この組立折目4は、引用例考案2の折れ目線26のような幅をもたない線ではなく、ある幅をもっている(甲第3号証第4図)。つまり、組立折目4は、容器素材1を折り曲げて紙容器とするときに曲げ応力の作用する範囲にあり、本件考案においても、切込みを指先でめくるための引掛りの形成は曲げ応力を利用しているのである。

すなわち、本件考案も、引用例考案2も、指先で層状体をめくることができるための引掛り(タブ)の形成において曲げ応力を利用しており、そのため、切込みの先端部は、曲げ応力が作用する範囲に位置するものとされている。

このように、本件考案と引用例考案2とは、共通の技術的思想を利用するものであり、本件考案の上記特徴点に関する技術的思想が引用例考案2に開示されていることは明らかである。引用例考案2には本件考案の特徴点が示唆されているということができないとの審決の判断は誤りである。

3  本件考案の作用効果の誤認

審決の認定する本件考案の「補助的資材を用いることなく、制作工程も増加しないため安価にでき、高い精度を必要としない等の明細書に記載の作用効果」(審決書8頁7~10行)は、本件考案の上記特徴点と直接関係のない作用効果であり、また、引用例考案1も有する作用効果であるのに、審決は、これらの作用効果は、引用例1~3からは予測できない作用効果であると誤って判断した。

また、被告の主張する「本件考案の構成においては容器保管、運搬時等において生じる層間剥離は極めて小さいので液漏れや異物混入の危険はなく」という点は、本件訂正明細書に全く記載がされていないから、被告のこの主張は、本件訂正明細書の記載に根拠を置かない主張であり、失当である。

第4被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がない。

1  原告の主張1について

本件考案は、実用新案登録請求の範囲に明記されているように、「液体紙容器のストロー挿入穴形成構造」に関するものである。すなわち、単なる液体紙容器一般に関するものではなく、ストロー挿入穴を形成する特定の構造に関するものである。

これに対して、引用例考案2は、表面にクーポン等を印刷した紙の容器から、クーポンのついた表面部分を剥離する構造に関するものである。このような構造のクーポン等が付いた容器が、用途によっては食品を入れる紙容器に使われるかも知れないが、ただそれだけのことである。

容器の内容物が共に食品であっても、本件考案の場合は、紙容器の表面を剥離すると、ストロー挿入穴が現れるのに対し、引用例考案2の場合は、クーポン部分を剥離しても容器には何らの開口部も生じない。

このため、本件考案では「容器素材の内面から該素材厚の半分の切込みを施し」ているが、引用例考案2ではこのような構成が存在しない。

審決は、本件考案と引用例考案2とのこのような差異と関連させて、両者の技術分野を認定、対比しているのであって、両者の技術分野が異なるとした審決の認定は正当である。

2  原告の主張2について

本件考案の特徴は、審決が「特徴点」として認定しているように、「先端部が容器の山折の組立折目4に位置する切込み3」を設けた点にある。そして、そのために、本件考案においては、多少層間剥離気味となっている切込み3の先端を指先でめくることによりストロー挿入穴の開口がなされる。

引用例考案2では、切込みの先端部の位置は折れ目線26から離れて形成されている。そのため、摘み28部分は完全に剥離されている。

引用例考案2のクーポン類剥離操作は、この予め形成されている摘み28を指先で摘んで引っ張るというものであって、本件考案のように指先で切込みをめくる(その結果摘みが形成される)という操作とは異なるものであり、引用例考案2には本件考案の特徴点は示唆されていない。

引用例考案2では、切込みの先端位置14は折れ目線26から離れて位置しており、両者の間の部分がシート材から突出した摘み28を形成する。このように、引用例考案2には、図中にも、また、本文においても、摘み28が突出して形成されることが明記されているので、シート材の層間剥離が生じていることは明らかである。

これは、明らかに本件考案の切込み3の先端部と山折の組立折目4の位置関係と異なるものである。

3  原告の主張3について

原告が、審決の認定した本件考案の作用効果として挙げているのは、「補助的素材を用いることなく、制作工程も増加しないため安価にでき、高い精度を必要としない等」の作用効果であるが、審決は、上記作用効果の認定に先立ち、引用例1~3からは予測できない本件考案の作用効果として、まず、「多少層間剥離気味となっている切込み3の先端部を指先でめくるという操作でストロー挿入穴を開口させることができ」(審決書8頁5~7行)との認定を行っているのである。

また、原告の指摘する作用効果の内容についても、本件考案と引用例考案1との間に存在する構成の相違から、当然引用例考案1からは予測されない内容を含んでいる。

さらに、本件考案において外側からの切込み3の先端が容器の山折の組立折目4に位置していて、引用例考案2のように組立折目から離れていないことは、牛乳やジュース等をストローで飲むための紙容器である本件考案にとっては極めて重要である。

なぜなら、もし、引用例考案2のような構成がストロー挿入穴形成構造に使われたとすると、突出した摘み部分のために容器の運搬中等に層間剥離が大きくなるおそれがあり、容器内からの液漏れや外部の塵が容器内に混入する危険があるからである。

本件考案の構成においては容器保管、運搬時等において生じる層間剥離は極めて小さいので、液漏れや異物混入の危険はなく、それでいてストローで飲む時に人為的に剥離しようとすれば、容易に剥離が進行する構造になっている。

このことは、本件訂正明細書の本件考案の目的に関する記載及び本件考案の構成に関する記述から、液体紙容器の分野の当業者にとっては当然理解できることである。

したがって、審決の作用効果に関する認定に誤りはない。

第5証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

第6当裁判所の判断

1  原告の主張1(本件考案と引用例考案2の技術分野の異同の誤認)について

審決は、「このもの(注、引用例考案2)は、紙容器のクーポン類形成構造に関するもので、液体紙容器のストロー挿入穴形成構造とは技術分野を異にしている」(審決書7頁7~9行)と認定している。

しかし、本件考案の技術的特徴がストロー挿入穴の形成構造にあるとしても、そのストロー挿入穴を形成する対象は液体紙容器であることは明らかである。

本件訂正明細書(甲第3号証)には、「従来、液体紙容器のストロー挿入穴は該液体紙容器に予め開設し、紙或いはアルミ箔をヒートシールして、穴を塞いだものである。・・・又前記の構造とは別に素材外側から素材厚の半分以上の切込みを施し、指やストローの先でこの切込み内を押して穴を開ける構造のものも提案されているが、非常に高い加工精度を要し、開穴したとき外表面の細塵を内側に押す結果、不衛生である。本考案の目的は、前記従来技術の欠点を解消し、衛生的で特に補助素材も必要としないストロー挿入穴を得ることにある。」(同号証1頁左欄下から11行~右欄上から3行)との記載がある。

この記載によると、本件考案は、指やストローの先で押して穴を開ける構造の従来技術では、開穴したとき外表面の細塵を内側に押すので不衛生であるとの知見に基づき、従来技術のこのような欠点を解消し、衛生的なストロー挿入穴を得ることを目的の一つとしていることが明らかであり、通常、液体紙容器のストロー挿入穴といえば、容器内の液体飲料を飲むために用いるストローを挿入する穴と理解されるから、本件考案に係る液体紙容器は、液体飲料を収容する紙容器を含むことは明らかである。

一方、引用例2(甲第5号証)には、「さらに重要なことは、容器に食品のような腐敗し易い物が含まれている場合には、容器の中身が空になる前に容器の壁の一部を取り除くと、内容物が腐敗したり、汚染されたりする原因となることである。(同号証抄訳(1))、「これらの容器の典型的なものは、紙シートと相互に接着剤で積層されたボックスボードシートで構成されている・・・」(同号証抄訳(2))との記載が認められ、これらの記載から、引用例考案2に食品を収容する紙容器が含まれることは明らかである。

この事実と当事者間に争いのない審決認定の引用例2の記載内容(審決書4頁9行~5頁3行)によると、引用例考案2は、紙容器を構成する一枚のシート状材料の一部分に、シート状材料の厚さより小さい深さの切込みを設けることにより、クーポン類を提供する分離可能な表面領域を形成し、この部分を剥離することによって、クーポン類をシート状材料から分離できるようにした考案であることが認められる。

そうすると、本件考案と引用例考案2は、その対象とする容器として、少なくとも飲食物を収容する紙容器を含む点において共通し、しかも、両者ともに、紙容器を構成するシート状材料からその一部分を剥離するという紙容器に密接に関係して技術に関するものであるから、剥離の目的が、本件考案はストロー挿入穴の形成にあり、引用例考案2はクーポン類の形成にあることを考慮しても、両者は、その技術事項を共通にするものとして、当業者であれば相互に参照することが可能な同一の技術分野に属するものというべきである。

被告は、技術分野が異なる理由として、本件考案の場合は、紙容器の表面を剥離するとストロー挿入穴が現れるのに対し、引用例考案2の場合は、クーポン部分を剥離しても容器には何らの開口部も生じないのであって、このため、本件考案では「容器素材の内面から該素材厚の半分の切込みを施し」ているが、引用例考案2ではこのような構成が存在しない旨主張する。

しかし、紙容器の表面を剥離するとストロー挿入穴が現われるように上記の構成を採用することは、審決認定のとおり、すでに引用例考案1に示されているのであるから、引用例2は、これを前提として、紙容器を構成するシート状材料からその一部分を剥離することの構成についての資料としてみるべきである。そして、引用例2には、この構成が開示されているのであるから、被告主張の上記の点は、本件考案の進歩性の判断に引用例2を採用することを妨げる理由とはなりえない。

したがって、この点に関する審決の上記認定は誤りというべきである。

2  原告の主張2(引用例考案2の技術内容の誤認)について

引用例考案2においては、審決認定のとおり、「素材外面からの切込みの先端部(切込み14)が山折の組立折目(折れ目線26)の近傍に位置しており、容器素材の折り曲げと同時に、この切込み14等で囲まれる部分を剥離させて摘み28を形成している」(審決書7頁1~6行)ことは、当事者間に争いがない。

この点につき、引用例2(甲第5号証)には、「折れ線に沿ってシート状材料を折り曲げることにより、該折れ線と切込部14、16及び24にて境界が定められる剥離可能な箇所12の特定部分が先ずシート状材料より層状の細長い切れに切り裂かれてシート状材料より突出してつまみ28と下地部分30を形成する(第4図参照)。・・・第6図に示されているごとく、本シート状材料を側面34、36、38(他の側面は図示しない)を有する箱又はカートン32に形成することが可能である。この場合、ライン26に沿って箱ブランクが折り曲げられるとつまみ28が突出する。」(同号証抄訳(3))、「フラップを折り曲げ線70のまわりに折り曲げると、切欠き66に近接した端縁部は、シートの基体から剥離気味となりタブとしてシートから突き出て指で引掛けることができるようになる。」(同号証抄訳(4))と記載されており、この記載と図面によれば、引用例考案2において、シート状材料の外面からの切込部の先端(第1、第3、第6図の各14、第10図の66)は折れ線(第1図、第3~第6図の各26、第10図の70)の近傍に位置しており、容器を組み立てるために、この折れ線に沿ってシート状材料を山折りにすると、つまみ28がシートの基体から剥離して突出し(第1図、第3~第6図)、あるいは、端縁部がシートの基体から剥離気味となり、タブとしてシートから突き出る(第10図のもの)ことが認められる。

このように引用例考案2において、つまみ28あるいはタブが形成されるのは、折れ線に沿ってシート状材料を山折りにすると、そこに曲げ応力が働いて、外側の部分が引っ張られて伸び、この力が切り込みの部分からの層間剥離すなわち、シート状材料の表面に平行な断面(横断面)に沿って切り込みの厚さ部分の剥離を生じさせることによるものであることは明らかである。

一方、本件考案の「素材厚の半分で、先端部が容器の山折の組立折目4に位置する切込み3を設けた」構成について、本件訂正明細書(甲第3号証)には、「図示実施例においては外側の切込み3の先端部を容器の山折の組立折目4と重なるように形成して多少層間剥離気味となり、指先が切込み3の先端に引掛るようにして切込み3をめくり易くしたものである。」(同号証1頁右欄下から10~6行)、「切込み3の部分は容器より層間剥離気味なので、この部分をめくると該切込み3は素材厚の半分の深さで、内表面まで達しないため層間で剥離し」(同1頁右欄末行~2頁左欄3行)と説明されており、これと図面(同号証第2図)の記載に照らすと、本件考案において、切込み3の先端部に指先が引っ掛かる層間剥離気味の部分が生ずるのは、組立折目4に沿って容器素材を山折りにすると、そこに曲げ応力が働いて、外側の部分が引っ張られて伸び、この力が切込み3の先端部において素材を層間剥離気味にすることによるものであることが認められる。そして、この層間剥離気味とは、切込み3の先端部に設けられている切り込みの部分で部分的であれ容器素材が層間で分離気味となっている状態を意味するものと解される。

したがって、引用例考案2と本件考案とは、指先で層状の容器素材の表面部分の一部を切り込みに沿ってめくることができる引掛りの形成において、この引掛りが層間剥離が生じた結果摘みとして形成されているか、それとも指先が引っ掛かる程度の層間剥離気味の部分として形成されるに止まるかの差異はあるものの、素材(シート状材料)の折り曲げに伴って生ずる曲げ応力を利用している点においては、特に差異はないというべきである。

この点に関し、審決は、引用例考案2における「クーポン類剥離操作はこの予め形成されている摘み部分28を指先で摘んで引っぱるというもので、指先で切込みをめくる(その結果、摘みが形成される)という操作とは異なるものであるから、甲第2号証刊行物(注、引用例2)に上記本件考案の特徴点が示唆されていると言うことはできない」旨述べている(審決書7頁13~18行)。

しかし、引用例1には、審決認定のとおり、「先端部が前壁30の上端52に位置する切込み(切込み50)を設け」(審決書4頁2~3行)た構成が記載されており、これと引用例1の図面(第9、第10図)を見れば、引用例考案1においても、ストロー穴を形成するためには、切込み50が設けられている部分の上端52に指先を引っかけ、これを指先でめくることにより摘みが形成されるものと認められ、指先が引っ掛かる部分が、本件考案においては、山折りの組立折目4に沿って形成される切込み3の先端部の層間剥離気味の部分であるのに対し、引用例考案1においては、紙容器の前壁30の上端52であるとの差異はあるが、予め形成されている摘みを引っ張るのではなく、層状の容器素材に設けられている切込みをめくることにより摘みを形成するという点では、両者一致するものと認められる。この一致点を前提とすれば、審決の上記指摘の点が引用例2に記載もしくは示唆されていないとしても、引用例1、同2を通じてみれば、この点に本件考案の特徴があるとすることはできない。

そして、一般に、ボール紙等の層状の素材の組立折目の位置に切込みを設け、この組立折目に沿って山折りに素材を曲げれば、この切込み部分が層間剥離気味となることは、日常の生活においても経験することがらであることは当裁判所に顕著な事実である。

以上によれば、引用例2に開示されている素材(シート状材料)の折り曲げに伴って生ずる曲げ応力を利用して指先で層状の容器素材の表面部分の一部を切込みに沿ってめくることができる引掛りの形成についての技術手段を採用して、これを引用例考案1に応用し、その際、切込み3を設ける位置を組立折目の位置に設け、本件考案の構成とすることは、当業者が格別の工夫を要せず想到できることと認められる。

3  原告の主張3(本件考案の作用効果の誤認)について

本件考案と引用例考案1とが、審決認定のとおり、「紙素材の表裏両面にポリエチレン樹脂層を積層して成る容器素材の内面から該素材厚の半分の切込みを施し、素材の外面から前記切込みを囲う、やはり素材厚の半分の切込みを設けた液体紙容器のストロー挿入穴形成構造」である点で一致すること(審決書5頁16行~6頁1行)は当事者間に争いがない。

この一致する構成によれば、本件訂正明細書記載の「補助資材を用いることなく、製作工程も増加しないため安価にでき、高い精度を必要としない」との本件考案の作用効果は、引用例考案1においてすでに奏されているものと認められ、これが本件考案に特有のものとは認められない。

また、被告は、本件考案では、切込み3の部分が、引用例考案2のように、完全に剥離しておらず、容器保管、運搬時等において生じる層間剥離はきわめて小さいので、液漏れや異物混入の危険はなく、それでいてストローで飲む時に人為的に剥離しようとすれば、容易に剥離できる効果を奏する旨主張する。

しかし、上記のとおり、ストロー穴を形成するための切込みの部分が完全に剥離していないという構成は引用例考案1においても同じであるから、引用例考案1も、容器保管、運搬時等において生じる層間剥離はきわめて小さいので、液漏れや異物混入の危険はなく、それでいてストローで飲む時に人為的に剥離しようとすれば、容易に剥離できる効果を奏することは明らかである。

したがって、本件考案の効果は引用例1、同2から予測できないものということはできない。

4  以上によれば、本件考案は、引用例考案1に同2を応用することにより、当業者がきわめて容易に考案することができたものと認めるべきであるから、これと異なる審決の判断は誤りというほかはなく、審決は、違法として取消しを免れない。

よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

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